昨年2025年12月18日に亡くなった母の49日法要と納骨を済ませてきました。(2026年2月1日)
私は母が好きだったお菓子を買って持っていきました。
兄も「母が好きだったから」とフルーツを持ってきました。
お坊さんは葬儀の時と同じお坊さんが来てくれました。
霊園の小さなお部屋で49日法要を済ませまたあと、墓地で納骨をしました。
骨壺を入れる納骨室に父の骨壺が見えました。
その隣に母の骨壺が並びました。
母の入院時の書類、施設入所時の書類、入所の際の衣類や衛生用品など全ての持ち物に書いた母の名前。
何十回?何百回?書いただろう??
骨壺に書かれた母の名前に、これまでのいろんな思いが溢れました。
私が晩年の母から教わったこと。
それは人間は何歳になっても学ぶことができるという事。
それまでの母は人に何かしてもらうといつも「ごめんなさいね。」という人でした。
私が「そこはゴメンでなく、ありがとうだよ。」と言っても「そんなこと言っても迷惑かけてるんだから。」と反論されました。
ところが母が90歳の頃何回か入退院があったのですが、そのどれかの退院した後から急に「ありがとう」「ありがとう」という人になりました。
当時は「ありがとう」と「元気でね」を覚えて退院してきてきました。
当時、私が帰るときはいつも「元気でね」と送り出してくれました。
「なんだ?その永遠の別れみたいの?また来週来るし。(^^;)」と切り返すと「病院で看護師さんたちが使っていた。」と。
「それは退院の患者さんに対してでしょ?またケガや病気して病院に戻ってこないでね、って意味でしょ?」と説明したけど理解してもらえず、、、、、(^^ゞ
でもいつしか自分で学んだらしく「元気でね」は使わなくなりました。
でも「ありがとう!」はずっと使い続けてくれました。
おかげで私も母と気持ちよく過ごせるようになったし、どこの施設に行っても「お母さん、いつもありがとうって言ってくれるんですよー(^o^)」とスタッフさん達から愛されていました。
私もそんな母の娘として、何歳になっても学べる人間になりたいと思っています。
私は勝手に❝母は97歳まで生きるんだろうなー❞と思っていました。
元々のかかりつけ医からは❝老衰が進んでいる❞と言われていたけれど、母はすごい生命力をもっていたので。
それが突然92歳で旅立ってしまいました。
予想より5年も早く旅立ってしまいました。
この5年という歳月。
母が最期に私にくれたプレゼントだとおもい、大切に大切に毎日を過ごしていきたいです。
お母ちゃん、先に逝ったお父ちゃんと見守っていてね!